ドイツ人神父さんと犬

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鈴木秀子著、「愛と癒しのコミュニオン」より。「イヌネコにしか心を開けない人たち」の香山リカに読ませたい文章です。

歳をとったドイツ人の神父さんに、「どうして神父さんになったのですか?」と聞いたことがあった。彼は長身の背を伸ばし、細面の顔を仰向け、はるかな遠い故郷を眺めているような柔らかいまなざしで、こんな話をしてくれた。

彼はドイツの田舎で生まれた。家は教育関係者を輩出している名門だった。優秀な兄がいた。あまり出来の良くなかった彼は、いつも兄と比較され、「もっとがんばりなさい」といわれた。

小学校五年の夏休み前。終業式の帰り道、もらったばかりの通信簿を鞄から出し、おそるおそる開いて見ると、落第点がいっぱいついている。そのうえ、親への呼び出し状が同封されている。足取りは重くなり、家に入るのもためらわれた。

その時、かわいがっている犬が飛んできた。よろこんでしっぽを振っている犬を見て、少年は家に入らず、近くの野原に向かった。野原の真ん中に座り込むと、犬もそばにきて座り、少年の顔をじっと見上げている。全神経を少年に集中して座っているのだ。

少年は犬を抱きしめながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「ぼくはお兄ちゃんみたいに頭も良くないし、どんなにがんばっても勉強ができないんだ。村で有名なうちに生まれて『将来、人のためになるんだぞ』といわれつづけているのに」
犬は、ひたすら「世の中にこの少年しかいない」という目で見つめている。
「本当につらいんだ。先生にしかられて、『ご両親にこの手紙を渡しなさい』といわれて。お兄ちゃんみたいになりたいんだけど、できないんだ。お父さんもお母さんもわかってくれない。わかってくれるのはお前だけだよね」
「やってもできないことがどんなにつらいか、わかるよね。一生懸命がんばったのに、お母さんに叱られたり、『もっとやらなきゃ』といわれるんだ」

犬はじっと聞いている。少年は胸の内の、ありったけを話し続けた。そうしているうちに、何か胸がすうっとしてきて、もやもやが晴れてくるのだ。

彼は犬を連れて、山一つ超えたところにある湖にピクニックに出かけるのが大好きだった。その湖は霧に覆われていることが多かった。しかし時に、湖上を覆う淡い灰色と蒼色の解け合った雲に、明るい太陽の光が射し込み、霧雲がさっと開けて、突然、美しい湖面が全貌を表すことがある。それは一瞬前とまったく違った光景である。大地から湧き出し、どこをも薄暗さで覆ってしまうような、もやもやとした霧はあとかたもなく消えてしまっているのだ。同じ地点に立っているとは信じられない。

ついさっきまで湿った霧に包まれ、視界ゼロに近い状態だったのに、霧が晴れあがったとたん、まったく違った世界が開けているのだ。明るい太陽の下で、青空と湖は呼応し合い、湖の周りの樹木は、静かに水面に姿を映し、木々の枝をそよ風が渡っていく。調和と安らぎに満ちている。

少年は、犬に心の内をすっかり聞いてもらうと、ちょうど晴れた湖のかたわらに立ち、湖の静けさに包まれているような感じを味わった。そして、今度こそがんばろうと、明るく家路につけるのであった。

こんなに自分のことをわかってくれる者がいる。勉強ができるとかできないに関係なく、自分に対してこんなに忠誠と愛情を注ぎ、この世界で一番大事な存在として扱ってくれる。

少年は、突然、天啓を受けたような感じを味わった。自分の中に力が満ち、動かしがたい確信が、丹田にしっかり位置を占めたのを知った。
「神様は自分を、こういうふうに見ていてくださる」
それは少年なりの神体験だった。そして、一つの考えが自分の全身を貫き通すのを感じた。
「自分と同じように悩んでいる人に、神様がこんなに愛してくれていることを伝えるのが自分の使命ではないか」

こうして、少年は司祭の道を選び。終戦直後の荒れ果てた日本にきて、苦しむ人を助ける道を選んだのであった。

神父さんは繰り返し語っていた。
「あの時、自分の犬が全身全霊を傾けて聞いてくれ、苦しんでいる私と共にいてくれました。その犬に自分の気持ちを全部話してしまうと、不思議と、自分は自分であっていいと思えるようになり、気持ちが楽になったのです。そして、勉強ができなくて悔しいのが自分だ、お母さんに成績表や先生からの手紙を渡さなければならないことを悲しんでいるのが自分だ、お父さんに叱られるのが怖い、それが自分だ、兄さんと比べられるといじけてしまう、それが自分だと、私はいつもは嫌いな自分をも、その時、なんだかいとおしく受け入れられたのでした。そして子どもなりに、自分は自分であっていいと、アイデンティティが確立したような気がします。私はその体験を通して、神様の愛とはどんなものかを知ったのです」
「愛とは全身全霊を傾けて聞くこと、受け入れることに尽きる、つまりその人と共に一致して存在すること、それが愛」

これが神父さんの信条だった。

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このページは、kawaguchiが2009年3月 1日 23:32に書いたブログ記事です。

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